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January 24, 2026

Windows95を

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 2025年末、片付けをしていると、これが出てきた。買ったものの見た記憶がないまま、今やWindowsは11・・・

このCD-ROMは、まさかのWindows 95でしか見られない。。どうしたものか、しばらく思案していたが、仮想環境を構築して、Windows95をインストールすることにした。大晦日も迫るころのことである。

 

ネット上にチュートリアルを公開してくれている方が沢山いてありがたい。それらを参考にして、インストールを進めていくが、VMWare Workstationを使っても、Virtualboxを使っても、妙なところで(?)つまづきまくる。

チュートリアルでは実現していることが、自分の手元環境ではできなかったりといったことがあったりするのだ。

使っているソフトのバージョンが微妙に違っていたりして、自分の状況と完全に一致していないことも影響していると思うのだが。

それでも、どうにかこうにか対応して、Virtualboxにwindows95をインストールすることに成功。最後、ディスプレイアダプタの追加インストールのところまでこぎつけたものの、rundllの一般保護違反のエラーが出て、もう勘弁・・・となったが、昨日、ついに目的のCD-ROMを再生することに成功した。

 

格闘していたことを知っている家人に、何をどう解決したから仮想環境にWindows95がインストールができたのかもよくわからないけど、もうWindows 95は満喫したと話した。

すると、家人は、同じことをもう一度やれって言われてもできないんだろ、と言った。

そのとおりである。誰かのために自分も記録を残そうと思っても、すでに記憶が怪しすぎるのである。(気が短すぎて、手あたり次第解決策を試していき、成功した解決策がどれだったのかがよくわかならなくなるという・・・)

 

 

地図アプリは、2026年現在、高機能なものをフリーで使えるようにしてくれている方々がいるし、この分野の技術の進歩はすごいと思ったが、よく考えろ。←自分

Windows95からは、30年経ってますがな。。

それを思うと、DOSコマンドをそこそこ覚えていた自分にもびっくり。。

 

November 29, 2025

老体は鞭打ってもダメ、ほったらかしてもダメ、ということか

この3週間、腰やら股関節やらを痛めて凹んでます。
最初のきっかけは、8日に電車の中で立っている時に、急な揺れに対応しきれず、軽く痛めたくらいに思っていたところが・・・
10日には、まともに歩ける痛さではなく、仕事を休むことに。。


少しずつ良くなっていたところを、21日にキャリーバッグを引いたり、持って階段を下りたりしたのがいけなかったと思われるところへ、25日には、右足の靴擦れをかばって歩いたために(おそらく)、左足の第4と第五の中足骨間のあたりと、股関節にまで痛みが出て・・・



老体はもっと身体をいたわらないといけないことを反省しつつ、この痛みをどうにかすべく鍼やら灸やら、ごそごそやっているわけですが。。


股関節には、陽陵泉がめっちゃ響くということを体感。

ある種の腰痛では、飛揚が飛び揚がるほど痛いということを経験していたのですが、股関節は?と思い、ごそごそ調べたところ、陽陵泉が見つかりまして、そういえば、筋会の経穴なのに、あまりつかわないななどと思いつつ、何気なく押してみると、これが激痛!
指圧とお灸であっさり股関節は楽になりました。

腰痛は・・・
初期からやっていたびわ温灸がどうもイマイチで、せんねんきゅう世界を外出時に貼ってみたり、アロマセラピストが教えてくれた腰痛対策のヨガをやってみたり、パイオネックスゼロ(置き鍼)をやってみたり・・・曲泉や委中に接触鍼をしてみたり・・・

パイオネックスゼロが一番効く気がするのですが、時々刻々状況は変わっていると思うので、よくわかりません。

 

そもそも、ほっとけばそのうち治るでしょ、という自分の態度の悪さをこの期に及んで反省中。。

November 05, 2025

牛乳石鹸につられてBUTTERを買った

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少し前から牛乳石鹸のブックカバーが気になっていた。
牛乳石鹸ブックカバー&しおり 有隣堂の配布店舗

そして、この記事で、遅ればせながら正和堂という書店を知った。ヲタク(?)の心をくすぐるものを作っていらっしゃる。

正和堂オンラインショップ

とはいえ、ここ数年で買った新刊書は手元に置こうと思うものが少なく、ほとんど手放していたこともあり、ブックカバーにつられて本を買うのはやめたいと思っていたのだが・・・

誘惑に負けて、やってしまった。

BUTTER 柚木麻子

を買ってしまいました。

いやー、この本、書店内の二か所で平積みになっていたという、まんまと書店の思惑にひっかかったといいますか・・・
これで面白くなかったらどうする?知らんがな。

そして、もうひとつ、気になっているのがこれ。

本屋さんブックチャーム2

幸か不幸か、これは、なかなか出会えないのだった。

September 27, 2025

曼殊沙華

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ブログをサボり切っているうちに、前回の「その1」は「その1」で終わった(と思われる)。

滑落、道間違い(のあとの滑落)、登山中の怪我・・・夏山シーズンも終わりつつあるが、遭難のニュースは絶えず入ってくる。。

道間違いも、遭難者には間違っているという認識がなかったのかもしれない、と思う。

 

私は過去に一度だけ道間違いをしたことがあるのだが、間違いにはっきり気づいたのは、進路がオーバーハングになったからである。宙づり一歩手前になりつつ、ありえん、と思って引き返した。(そういう登山道ではないことだけはわかっていたので。)しかしながら、どこで間違えたのかがわからないので、戻れば自分的には下山しかない。たどりつけませんでしたって山小屋に連絡するしかないのだろうかなどと思いつつ引き返す中・・・(スマホはない時代のこと。1/25000地形図とコンパスのみ。)

呼ばれたわけでもないのだが、ふと振り返った。そうしたら、そこに木の階段があって・・・

そういえば、「階段」って、地元の人に聞いてきてたことをそこでやっと思い出し・・・あぶないあぶないと登って行ったのだが、行きは、階段が視界に入らず、開けているほうに吸い込まれていってしまっていたという。。

引き返すべきであるとはっきり認識できなければ、そのまま進んでしまうかも、と思うのである。

 

・・・えっと、その2は、なしになったのでは?

 

で、曼殊沙華なんですが、ちょっと行きにくくて毎年行きそびれていた某所へ今年は行こうかと思っていたところ、2日前に、ネットのニュース記事に取り上げられていた。嫌な予感はしたが、仕事の都合などもあり、今日、行ってみたところ・・・バスが激混みで臨時便まで出ていた。

運転手さんが混み方が尋常じゃないというようなことを言っていたので、ネットのニュース記事が出たんで、嫌な予感がした的なことをと言うと、大混雑は昨日からとのこと。あちゃー、である。

持って行ったカメラは電池が切れ(交換したばかりなのに)、今使っているスマホのカメラはイマイチなので、全くやる気が出ず、とりあえず曼殊沙華撮りました、で終わった。

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August 13, 2025

帰ってこない人たち とりあえずその1

どうして死ななければならなかったのかと考えてみたところで、亡くなってしまったという事実しか残っていないのは、飛行機事故だろうが山岳遭難だろうが、同じことことだ。

5月の奥多摩でのトレイルランナーの遭難事件に関しては、生への分岐がどこにあったのかを検証するべきとする意見もSNSで目にはした。しかし、遭難事例をいくら集めて検討しても、遭難を減らすことに貢献できているのかさえ疑問に思うくらい、この夏も、山岳遭難は絶えない。そして、何をどう言ってみたところで、亡くなった人は帰って来ない。

予防医学に限界を感じるとの同じくらい、遭難の予防には限界を感じているが、誰か、遭難事故を減らすことに何が寄与しているのか、統計的な解析を含めて検討している人っているんで・・・すよね?



教育をすればよいと考える向きもあるだろう。しかし、過去のある悲惨な遭難事例の遭難者が、登山についての教育を行っている学校の卒業生だったというコメントを見た時に、そのコメントの真偽の問題はあるにせよ、教育において、教育した側が望んだ効果が得られるとは限らないことのひとつの実例になっていると思った。山の恐ろしさを知る以前に山を舐めてしまうケースは、ある程度存在するであろうことは想像に難くない。その遭難事例は、軽装でろくな装備も持たずに残雪期の近所の山(の上級者コース)に入って、道迷いの末に亡くなったというものだったが、まわりからどう見えたにせよ、本人は、帰ってくることに何の疑問も持っていなかったと思われる。

 

この遭難(とりあえず遭難Aとする)と、5月の奥多摩のトレランでの遭難(遭難Bとする)には、共通点がある。

1.道間違いによってひきおこされた遭難であること

2.初期に電話で連絡が取れていたこと

3.正しい情報が適切な時期に出てこず、救助の初動で適切な場所を捜索できなかったこと(に加えてそもそも救助の初動が遅れたこと)

4.真相が不明のまま当事者が亡くなっていること

 

異なっているのは、

1.ビバークの知識を持っていたかどうか(遭難Aでは、ビバークまでは比較的安全に行っていた)

2.遭難Aは、「登山」の結果であり、「自己責任」を問う余地があるが、遭難Bには「自己責任」はとても追及できないこと

 

遭難Bがどうしてこんなに痛ましく感じられるのか、ずっと考え続けている。山の知識が不十分な人が山で遭難した案件と捉えた人は、おそらくそれほど心は痛まないのではないか。私が遭難Aに抱く思いはそれに近い。しかし、遭難Bが単純な山岳遭難とは言えないことこそが、どこまでも「なぜ」を追ってしまう理由になっているのだ。



August 09, 2025

遭難者発見の報

大きな声では言えないが、気温が下がったら奥多摩の某所の尾根に、ある方の捜索に出るつもりでいた。GPS、ココヘリ、山岳保険、用意すべきものはいくつかあるけれども。沢はやれないので、尾根から行くしかないわけで。一緒に行ってくれる友達は鬼籍に入っているので、1人で行くしかない。

昨日は、沢登りに行ってはぐれた相手が遭難してしまったと判断して警察に救助を求めた顛末を収めた(教育的)動画をYouTubeで見ていた。実際のところ、探された本人は入渓点で2時間じっと待っていたので、心配して通報したほうの3人が遭難しているようにも見えなくはないのだが、救助隊の人が、他にまだ見つかっていない遭難者がいると話している中で、全員無事で下山してきたのだから、万々歳のケースではある。

それにしても、山では携帯電話がつながらないことは計算に入れておかないとだめだということを再認識した。GPSも無線機も持っていないようだったし、はぐれた1人だけが入渓点を把握しているというパーティはまずいと思うのだけど。単独行が可能な人たちがパーティを組んでいる状態でなければ、トラブルが発生した際の生存確率は相当下がるだろう。だから、1人で行っちゃうもんね、というつもりもないのだが、過去を振り返っても、トラブルは、いいかげんなパーティを組んだことに起因していたことばかりだ。それに懲りたというわけではないが、いつの間にか、1人で登るようになってしまっていた。

下山の連絡をしない限り、デフォルトで捜索隊が出る仕様になっていた職場のシステムが恐怖で山が楽しくなくなったことも理由としては大きかもしれない。。とんでもない言い訳ですな。

人の出入りが激しい低山は、穂高縦走などとは全く異なるリスクがあるので、本当は一人では行きたくない。私が単独で登っていた山域は、当時は、平日に人がほとんど登らないような場所で、奥多摩のように電車だけでアクセスできるような場所ではない。その代わり、滑落したら最後、まず見つけてはもらえないということを、登っていた頃にはあまり考えていなかったという抜けっぷりだ。地元の人が仕事で入って帰って来ないこともある恐ろしい山であり、今年も遭難者が出ている。

話をYouTubeの動画に戻す。消防の救助隊の人たちが、本当に親切で誠実な人ばかりだったのが印象に残った。偉ぶったところが全くなくて、謙虚な姿勢が画面から伝わってきた。ご遺体の回収の可能性も考えて駆けつけている中、全員無事で、やれやれだったところが、帰還直後に別の滑落事故が発生して出動していかれた。大変な仕事だ・・・。本当に頭が下がる。

 

 

そして、YouTubeの動画を見て、救助隊の姿勢に感激していた翌日、ココヘリも山岳保険も必要なくなったのだった。

遭難者がついに見つかったのである。長いような短いようなこの数か月であった。私は一滴の汗も流さなかったが、発見まで体力も気力も消耗させながら探し続けた人たちの努力が実ったのだ。それにしても、どうして死ななければならなかったのだろうと思ったら、涙が出た。悲しいというより悔しいに近い。

 

奥多摩の花火大会がまるで慰霊のようなタイミングでの開催だ、と思う。
某先生が、かつて東洋医学概論の授業中に、「お盆は魂と魄が合体するんですねぇ、おそろしいですねぇ」などと言っていたが、お盆って、あの世とこの世をつなぐ扉が本当に開くのかも?知らんけど。

August 08, 2025

食べられたくはない

少し前のことで記憶が曖昧なのだが、何かの記事で、70数人に一人の割合で、あるホルモンを出している人がいて、そういう人は動物に好かれてしまうと書かれていたのを読んだ。おそろしいのは、平時はよいのだが、空腹時の動物に出会うと捕食されてしまうということだった。食べられたくないです・・・

 

よく行くお店でカウンターで支払いをしている時、初めて出会った大型犬(の子供だったらしいが)に、真横からドーンととびかかられて腰を抜かしそうになったが、知らないヒトには絡まないワンコで、飼い主も油断していたらしい。

お散歩中の犬が私を見つけてお座りで待ってしまったときは、飼い主さんが「こんにちは」と笑顔で声をかけてくれたりして、こちらも挨拶するのだが。。

その昔学生の時には下宿の近所で避けても避けても猫に寄って来られて、最後、道の端に追い詰められ、首を足に擦り付けられて、「イヤーっ!!!」と叫んだこともあったりした。。おそらく、あれは知らない猫ではなく、当時の下宿先に飼われていた20数匹のうちの一匹で、向こうは知っていた、と思いたいところだ。知らんけど。

今日はSNSで、かつて保護したライオンの兄弟を久しぶりに施設に訪問した女性が、大歓迎を受けている動画を見た瞬間、数年前に国際会議で行ったオーストラリアのリゾートで、歩いていた私の後ろを大型犬がついてきたことを思い出してしまった。

ちょうど、海外出張先で犬に噛まれた案件が発生していて、注意喚起が社内でされていたこともあり、野犬じゃない(はずだ)し、大丈夫でしょと思いつつも、相当おそろしかった。なぜって、コテージが点在するだだっ広いリゾートで、見渡す限り、自分と犬だけだから!

歩く、振り返る、相手(犬)も止まる、歩く、振り返る、相手(犬)も止まる、を繰り返し、といって、走ってコテージに向かえば追いつかれることは間違いなく、このままついてこられても困ると思った私は、Go home!と叫んだのだった。

結果、犬は去り、私は一人でコテージに帰ることができたが、翌朝、朝食に出かけてその犬に出会ったとき、完全無視されましたとさ。

July 17, 2025

奥多摩登山考 金 邦夫 著

 「金副隊長の山岳救助隊日誌」を図書館に探しに行ったら、同じ棚に、「奥多摩登山考」(初版は非売品)があったので、借りてきた。「侮るな東京の山」のベースになった本の一冊なのだけれども、侮るな東京の山に収録されなかった記事のひとつが興味深かった。

奥武蔵/秩父の有間山ではぐれた猟犬2匹が2日後に川苔山の山頂付近で登山者によって見つかったというもの。連絡を受けた飼い主がやってきたものの怪我をして連れて帰れなくなり、その後の犬の救出までには金さんたちが大変な苦労をすることになるのだが・・・

怪我をした飼い主が泊まった宿の主人のびっくり発言に始まった、心温まるストーリーは読みごたえがあるのだが、今回気になったのはそこではなく、大型犬2匹が有間山から川苔山の山頂までやってきたという事実である。埼玉から東京?と驚いたものの、地図を見ると、有間山のどこで訓練をしていたのかは不明とはいえ、例えば有間峠から川苔山の山頂は、高低差を無視して直線で数キロ・・犬が弱りつつも2日間で歩けた位置関係ではある。

しかし、それは結果的にそうであったというだけであって、犬の飼い主が、有間山ではぐれた犬が川苔山に行っていることを推測することはほぼ不可能に近く・・・(たぶん)

つまり、山の行方不明者が、どこへ行ってしまったのかについても、可能性が無限大とはいかないまでも無数にある気がして、途方にくれる。

 

 

 

 

 

July 07, 2025

「侮るな 東京の山」 金邦夫 著

著者は昨年亡くなられてしまったようだが、「侮るな 東京の山」を読んだ。

警察署の山岳救助隊としての捜索がいったん打ち切られても、若手の隊員(だけでなく金さんも)が自分の週休を使って山に入り、気になっている沢などを捜したりするという記述があちこちに出てきて、本当に頭が下がる思いだ。

警視庁の山岳会員が手伝いを申し出ていたりと、何とかして遭難者を見つけようとしている姿勢には打たれる。

この本に書かれている遭難ケースは10年以上前のものが多いのだが、遭難の現状はあまり変わっていないように思われる。危険な個所をあちこちふさいでも滑落はなくならないし、行方不明者も出ている。

奥多摩ではないのだけれども、山小屋から5分のところから忽然と姿を消すとか、神隠し?と思ってしまったり。。

最近は、遭難ケースをいくつか読んで、考え込んでいたのだが、自分の好きな某山域で、わけわからん行動をして遭難しているケースを見て、げんなりもした。(運よく生還しているから、怒ってもいいっしょと思う面もあり。)

某まとめ記事では、都合よく地図が切れているのだが、地図のエリアに到達するまでにいったい何時間尾根筋を登ってきてると思ってんねん、どんだけ都合よく明後日の方向へあっちゅう間に下山しとるんじゃ、ごまかせると思うな!とイライラし、最後は看板のせいかい、ちゃうやろ!!!と憤死的状況に陥ってみたり。

ところがですね、数日前に家の近所でほとんど歩いたことのないエリア散歩をしたんですよ。いつもだと、スマホのGPSをすぐ使うのですが、家の近所だし、好き勝手に歩いてみるかと思い、歩いてみたところ・・・

なんでこんな住宅街の斜面をトラバースしてますの?行きたい方向と90度違うんじゃ?とか、

あのマンションうちの近所だよね、あっちが帰り道でしょ、と思ったところが隣の駅のほうが近い全然違うマンションだったりして。

これって、わけわからん行動で遭難した人らと大差ないやん・・・

完全に凹み切って帰宅したのでした。(タイトルからも完全にずれてしまった。)

侮るな、近所の丘、ってか?

July 06, 2025

丁寧な暮らしをする餓鬼 餓鬼バー

このさぼりまくりのブログ、どうしてくれようと思ってアクセスしてみたら、下書きを発見。

たしか、2月のこと。そんなわけで、公開ボタンを押します(X_X)

 

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餓鬼バーに行ってきました。友達に誘われまして。

丁寧な暮らしをする餓鬼は、以前にその友達に勧められて電子本を持っていたのですが。

珍しいお料理に心惹かれてしまい、「かてもの」と来ますかと興味津々、行くと返事してから、これって、作家さんと会えるイベントで、ファンなら(お前は違うんかい)駆けつけるのでは?と思ったようなありさまでして・・・

ひたすら食い意地の張っている私には、この時代に、かてもののことを考えている人がいるということが衝撃なわけで・・・

そういう意味では、餓鬼を思うこと自体が自分からは乖離した世界なのですが、自分と違うものに興味を抱いてしまうのが自分なので・・・

そして、この作家さんの画力、本当に凄いと思う。好きな絵柄では決してないのだけど、才能の前にはひれ伏すしかない、みたいな?

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